『篤姫』 第32回 桜田門外の変 茶室のシーン
1月から始まったNHK大河ドラマ『篤姫』ももう明日は34回目を迎える。大河ドラマをじっくり見たのは初回の『花の生涯』以来である。思えばあのドラマは井伊直弼の物語だった。井伊直弼の尾上松禄、長野主膳の佐田啓二、そして淡島千景の役はどんな名前だったろう。中学生の私は3人の織り成すドラマに惹きこまれていたっけ。
『篤姫』33回目は桜田門外の変だった。『篤姫』の今までのドラマの中でも特に深い感動の余韻が残った回であり、今日は再放送とそしてビデオでも見て計3回感涙した。(こののち茶室シーンだけ何度見たことか・・)
私にとってこのドラマの感動シーンは、篤姫と大切な繋がりをもつ相手との会話の場面である。高橋英樹扮する島津斉彬との(義)父娘の対話、そして尚五郎の切ない片思いの対話、そして大奥での将軍家定との夫婦愛の対話。そして今回は、『花の生涯』とは違って憎まれ役一筋の井伊直弼との茶をはさんでの対話であった。
天璋院様に茶を献ずるとは身のすくむ思いでございますな。汚れた手で点てた茶でよいのでございますか。
・・汚れた、と思うてはおるのか・・
(直弼が差し出した茶を飲み 一瞬手をとめる天璋院)
いかがなさいましたか・・?
・・悔しいが、これほど美味しい茶は初めてじゃ・・
これは嬉しいお言葉を頂戴しました。
しかしどこでこれほどの茶を・・?
茶の道を究めたいというのが年来の願いでございましたゆえ・・
そうであったのか・・
しかし天璋院様は正直なかたですな。忌み嫌うておる相手が点てた茶をうまい、とは意地でも言えぬものでしょうに。
私は思うたままを言う。この味はそなたがやってきた残虐非道な行いとは別じゃ。
茶を誉められたことで直弼の天璋院に対する気持ちが微妙に変化し、対話は核心に迫っていく。
ひとつ、伺ってもよろしうございますか?
何じゃ・・?
天璋院様は、これからの時代、攘夷がかなうとお考えでしょうか?
それは・・・無理であろう・・。
仰せの通り。 しかし、・・・・・帝に近づくために攘夷攘夷と口にして、そうまで卑怯な者達にこの国の行く末をまかせられましょうや。・・・この直弼を動かしたのは、この国を守りたいという一心にございます。
では、そなたの流した血を天に恥じることはないのか?
ありません。私はおのれの役割を果たしたまで。
役割・・・そこまでの覚悟があったと・・。

『篤姫』33回目は桜田門外の変だった。『篤姫』の今までのドラマの中でも特に深い感動の余韻が残った回であり、今日は再放送とそしてビデオでも見て計3回感涙した。(こののち茶室シーンだけ何度見たことか・・)
私にとってこのドラマの感動シーンは、篤姫と大切な繋がりをもつ相手との会話の場面である。高橋英樹扮する島津斉彬との(義)父娘の対話、そして尚五郎の切ない片思いの対話、そして大奥での将軍家定との夫婦愛の対話。そして今回は、『花の生涯』とは違って憎まれ役一筋の井伊直弼との茶をはさんでの対話であった。
天璋院様に茶を献ずるとは身のすくむ思いでございますな。汚れた手で点てた茶でよいのでございますか。
・・汚れた、と思うてはおるのか・・
(直弼が差し出した茶を飲み 一瞬手をとめる天璋院)
いかがなさいましたか・・?
・・悔しいが、これほど美味しい茶は初めてじゃ・・
これは嬉しいお言葉を頂戴しました。
しかしどこでこれほどの茶を・・?
茶の道を究めたいというのが年来の願いでございましたゆえ・・
そうであったのか・・
しかし天璋院様は正直なかたですな。忌み嫌うておる相手が点てた茶をうまい、とは意地でも言えぬものでしょうに。
私は思うたままを言う。この味はそなたがやってきた残虐非道な行いとは別じゃ。
茶を誉められたことで直弼の天璋院に対する気持ちが微妙に変化し、対話は核心に迫っていく。
ひとつ、伺ってもよろしうございますか?
何じゃ・・?
天璋院様は、これからの時代、攘夷がかなうとお考えでしょうか?
それは・・・無理であろう・・。
仰せの通り。 しかし、・・・・・帝に近づくために攘夷攘夷と口にして、そうまで卑怯な者達にこの国の行く末をまかせられましょうや。・・・この直弼を動かしたのは、この国を守りたいという一心にございます。
では、そなたの流した血を天に恥じることはないのか?
ありません。私はおのれの役割を果たしたまで。
役割・・・そこまでの覚悟があったと・・。

茶をはさんでの張り詰めたやりとりのうちに、天璋院も井伊直弼に対する気持ちが少し溶けていくのを感じる。
「時々は私に茶をたててくれぬか」と締めくくる天璋院に「それは光栄至極にございますな・・・私の茶を誉めてくださる方とは私も語らいとうございます」と心開く直弼。そして圧巻は、帰り際、ミシンで自ら縫った袱紗を茶のお礼として直弼に手渡すと、驚き胸つまらせる?直弼が言った。
「亡き公方様のお気持ちが・・少しだけわかったような気がします」
「今日は互いにいろんなことがわかった日じゃな」(微笑む天璋院)
「仰せの通りにございます」
(天璋院が部屋を出たあとも一人手にした袱紗を見つめる直弼)
残虐な“安政の大獄”の本人も国思う一途のためであるというが、大勢を敵にまわす孤独な独裁者に天璋院の手作りの袱紗は心に食い込んだ。 人の心をつかむ篤姫(天璋院)の真摯な姿勢はこれまでにも多くの人間の心を動かした。『篤姫』のドラマと、人物像の人気はこの部分に大きく因るところである。今日のこのヤマ場は史実ではないだろうが、何度でも見たくなる感動場面である。
井伊直弼役の中村梅雀の「篤姫ホームページ」でのコメントは、私の思いを200%代弁し、ドラマの核心を捉えた感動的談話であった。
最後に天璋院と茶室で対面したシーンは、とてもよかったですね。この女性には策略や嘘がないうえに、発想が非常に真っ当だということが、お茶をやっているうちにわかってくる。ああ、だから家定があれだけ信頼し、家茂も頼っているのだな。これはたいした女性だと納得する。短い言葉でも感じ合えるというのは日本人独特の精神交流ですからね。
井伊自身も天璋院に言った『おのれの役割を果たしたまで』という言葉がすべて。それを淡々と、しかし万感を込めて言った瞬間、お互いがわかり合えた。一生懸命に自分のつとめを果たしている人間同士だからこその心のふれあいがありました。
その茶室での語らいで、互いの気持ちが一歩近づいた二人を感じるのは心地よかった。井伊直弼という歴史上の人物が、このドラマではここまで悪役で終わるのかと思っていたのでほっとした。ところが篤姫にとっても、そして視聴者にとっても、直弼への認識の変化を喜んだのも束の間、彼は、季節はずれの雪降る桃の節句に、江戸城桜田門外で、天璋院からもらった袱紗を手に暗殺されてしまったのである。雪降りしきる桜田門外の襲撃場面と、大奥の華やかなひな祭りの光景が交互に映し出され、井伊直弼の胸中を表す天璋院の笑顔が何度もクローズアップする。対称的な二つの場面が、これから起こることの恐ろしくも哀しい予感を呼び起こし、私の胸を戦慄させる。
そして・・・命を落とした直弼に、天璋院と共に涙を流しながら、残念無念のやりきれない気持ちを持て余した私である。 (ここまで視聴者を巻き込む『篤姫』の俳優、脚本、演出に脱帽するばかり)


この記事へのコメント
私も何度も見てしまいます。
今も実は観てました。
今日はDVDで見られたのですか? どうして今頃??(笑)