とやま弁でいかんまいけ!

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        先週郵便局へ行ったらこんなクリアファイルを売っていた

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               つまり『富山弁集』がファイルの表と裏に

このファイルは、富山県の形をした絵はがき4枚とセットで1000円。 
「あのー、絵はがきのほうは要らないんです。ファイルだけ売っていませんか?」
「皆さん、そう言われますが・・すみません、セットながやちゃ

と、富山弁でこうなりそうだが、若い女性の郵便局員が、標準語から急にここだけ富山弁になることはないだろう。

私自身はふざけた時意外はなかなか使う機会がないが(使えない)、富山に住んで30年近くなると大体使い方もわかってくる。前からみると少しは使い方の知識と語彙が増えた。


 次の富山弁で会話例をできるだけ沢山作りなさい――なんて問題があると面白いじゃないですか。
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だやい・・・これは子どもも年よりも、私だって使ってるかもしれない実にpopular な方言。
  「こんなに散らかして~! 早く片付けられ」
  「後でやるちゃ」
  「後で、なんて言っとらんとさっさとやられま」
  「だってー、だやいもん。今日は5時間も宿題しとったんぞ~。だやいからもう寝るわ~」

 やっとかっと・・・・
  「貯金してるんだって? いくら貯まったの?」
  「3万3千500円。 5年かかってやっとかっとここまで貯めたがや。まだ家は建たらんちゃ」

 そいが・・・  
  「ああ、日本は民主主義政治でよかったねぇ」
  「そいが
  「軍部独裁政治は怖いね。自由にものが言えんね」
  「そいが、そいが
 
こわくさい・・・
  「お宅の息子さん、リッパになられて、見間違えてしまいましたよ。頼もしいですね。」
  「な~ん、こわくさいヤツで、親父の私にイッチョマエに意見なんぞするがですよ」 


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 きのどくな・・・ 私にとっては究極の人騒がせな富山弁。
   東京に住んでいた私(たち)だが、夫の故郷富山市で結婚式を挙げることになっていた。式の前日富山に帰り、今は亡き姑に連れられ、となりの家に挨拶に行った。玄関に出て来られたおばさんとおばあさんに、粗品の信州の菓子折りを差し出すと、二人は即座に「気の毒な」「まあ・・気の毒な」「ほんとに気の毒な・・」を連発したのだ。
私はびっくり仰天。 「結婚の直前に言われるなんて・・私のどこが気の毒で哀れなんだろう・・」「ああ、私の結婚には、何か哀れむべき不幸な事実があるらしい・・」「もっとしっかり調べるべきだった・・・」  と、落ち込んで家に戻っが夫にも言えず不安は続いた・・。


このことは前にも書いたけど。
Casablanca in the Valley http://marilyn-m.at.webry.info/200910/article_3.html


 富山県で教壇に立ってから、そして子どもの授業参観で気がついたことだが、小学校、中学校、高校、と先生達はみごとに富山弁を使って授業をしていた。それは、生徒との間の距離を縮め、親近感をもたらすためだとも思うし、そんな意識や意図もなく、自然な行為だったのかもしれない。先生方は、緊張している時は標準語で、リラックスすればするほど言葉は富山弁になるようだ。

二十余年前、初めて富山県の高校で教壇に立った時、女子生徒たちとお喋りしていると、彼女たちが私に「先生は東京のお嬢様みたい」とドキッとしつつ吹き出しそうなことを言った。「え~~、どうしてそんなふうに思うの?若く見えるから~?!(ずーずーしい)」と聞くと、「ううん、年ってことじゃなくて。 だって言葉が東京みたいで、富山弁じゃないもん」という答えだった。
その後、別の高校では、自由主義的男子高校生が「先生って何か、キモチワルイ喋り方だぜー」と言った。富山弁を聞きつけていると(つまり多くの先生は富山弁)富山弁でない言葉が教壇から聞こえてくると違和感を覚えるらしい・・。

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その方言を取り上げて味わい、面白がるのは誰だろう。 方言がカラダの一部になっているネイティブ・・・ではなく、またその方言を聞いたこともない他県人は関心が湧かないだろう、自分のことを考えてもわかる。 その方言(富山弁)を後から知って日々接してきた新住民の私たちなのだ。 今、私には富山弁が日常に聞こえる!興味深い! 英語を話すみたいに富山弁イディオムを使ってネイティブのように話してみたい・・・な~んて思っている。こんなクリアファイルに飛びついて、コピーして息子達に送って喜ばせようとする私は・・
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                                 かしら?

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