“大和” Closed its 75 Year History at 西町.

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9月17日(月)に西町の大和デパートは75年の歴史に幕を下ろした。といっても、新しい店舗が通りをはさんだ総曲輪の端に来週の開店を待っている。

2年前に老朽化した大和を壊し、新しく別の場所に建てるというニュースが出たときは、ちょっとショックで大いに抵抗を感じたものだが、大きな大和の新店舗が城址大通りに姿を現したころから諦めが定着した。

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大和デパートは、30年続いた富山西武が2年前に閉店したときから、再び富山県で唯一のデパートとなった。昭和7年に開店してから75年、あの富山大空襲にも焼け残り、西町の、富山の中心で、富山県民から親しまれ愛されてきたことが、県民の投書や募集記念作文などからもよくわかる。私は富山のnativeではないが、富山市周辺の町村に住んでいる者にとっては、子供の頃から「大和で買い物」
「デパートのレストランで食べる」というのはほんとに心ときめく嬉しいできごとだったそうだ。

亡くなった義母はほんとにお洒落な人で、その人並みはずれた?ファッション欲とセンスを満たすため、生涯にどれほど大和へ「貢献」してきただろう。私もいくつ服を買ってもらったことか。大和を母と歩いていると、店員さんたちがあちからもこちからも声をかける。「先生、新しいの入りましたよ~」(義母は教師だった)と。 母ほどはとても買えないけど、デパートは大好きな私も、あるときから「○○さん、どうぞ見てって」と声をかけられ、「え? なんで私のこと知ってるの??」などと驚いたものだ。・・・そこがローカルなデパート、狭い土地であるから・・?。

東京からいらしていたN先生は、「大和は富山のステイタスが行くとこね」と間違った知識を身につけ、うろうろ通う私を冷やかされたが、ステイタスというより、その愛好者は特に高齢婦人が多い、と思った。あるときのバーゲンで、富山県中のおばあさんが出動してきたのではないかと感嘆するほど、上は80歳くらいの老婦人までがどの階にもひしめいていた。 

近年店舗も狭く老朽化し、ここ3,4年の夏はエアコンがほとんど効かず買い物も汗だくになることもあった。最後の日の思い出に西町交差点に立ってカメラを向けると、その古く朽ちかけたデパートの外壁が痛々しく眼を見張るほどだった。もうこの場所から姿を消しても仕方ない、という思いに慣れたが、やはりそれぞれの思い出深い「西町大和」であった。閉店時の午後7時には大勢の客が幾重にも人垣を作って名残をおしんだとか。

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