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zoom RSS 『宮さまとの思い出』 高円宮妃久子さま

<<   作成日時 : 2012/06/28 14:22   >>

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               高円宮妃久子さま(net news より)

もう時間が過ぎてしまったが、6月5日(火)、北陸カナダ協会設立30周年記念式典が富山市で行われ、名誉総裁である高円宮妃久子さまが来富され、翌日6日に富山大学黒田講堂で開かれた在日カナダ大使の講演にいらっしゃるというニュースが伝わった。
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北陸カナダ協会設立30周年記念式典に列席された久子様 6/5 Webunより

その講演は皇室のかたがいらっしゃるせいか、入場者の名簿が事前に作成される厳正なもので富大のO先生が申し込んでくれた。 なぜ私が? オールイングリッシュということで、久子さまがその素晴らしい英語でご挨拶でもされるのかと思ったので、ぜひ!と万難はいっぱいあったけど何とか排して当日勤務先からビュ〜〜ンと30分かけて直行した。
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      富山大学黒田講堂で行われたカナダ大使の講演会 6/6
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       講演: Canada and Japan ; Partners across the Pasific

入場時間も30分間厳守の中、1番に会場に入って一番前の席をとったのに、なんとなんと、拍手で迎えた大使は壇上に上がられたが、起立して拍手で迎えた妃殿下は全然壇上に現れない・・・?な〜んだ、壇上ではなく、遠藤学長などと座席真ん中辺りの特別席につかれたのだ。最前席に座った私には振り向いてもお姿すら見えない!

  
という哀れな結果の中、カナダ大使の30分の英語講演は終えて妃殿下は講堂から出られてお車に。あわててあとを追うのだが、傍に付き添う学長がおられて、近づくこともままならない私。学長が知らない方ならこの図々しさでもっと接近するのだが、多少お顔見知りであるがために、いくら私でもハズカシイ・・・。

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             (この写真は記事と関係ありません)

そしてお車がぐるりと回って私の前を通り過ぎようとした一瞬、私は「本」を胸に一歩前に出て頭を下げた。すると、ぜったい、ぜったい、私の「本」を見つけて下さって(と私は信じているが)、スピードをあげつつある窓からちょっと身を乗り出して笑顔で会釈された・・・それは一瞬のこと! あと5秒でもあれば・・と遠藤学長にちょっぴり恨みをもった・・。

 この「本」とは・・
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    「宮さまとの思い出」 高円宮妃久子 (2003年11月初版・産経新聞社)

私が近所の本屋さんでこの本をたまたま見つけて即座に買って読んだのは、本の後ろに書かれた記録によると、2005年4月だった。発行されてから1年半経ったころ。読み終えて、その本を愛おしさのあまり胸に抱きしめた憶えがある。 もう1度、何回も何回も本をめくって掲載された写真も飽きるほど眺め、改めて「高円宮殿下」というかたの死を心から悼んだのだった・。 そして感動冷めやらぬ翌年、Amazonの感想・書評に投稿した。私を含めて3人の投稿者がいる。
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レビュー対象商品: 宮さまとの思い出 (単行本)

「素晴らしい頭脳・資質・人格の持ち主」 2005/6/20  (私の投稿です)
高円宮様の報道は日頃好意の気持ちで見てきたので,47歳での突然の訃報を大変残念な思いで受けとめた。本書に書かれている幾多のエピソードや写真は,皇族としてご自身の哲学と信念で職務を遂行する姿は勿論,家族や周囲の人達への優しさや気配り,さらに広く国民や外国の人達への責任感や思いやりを強く印象づける。亡くなった人への一般的な敬意や皇族の方々への賛辞を差し引いて類推しても,一人の人間としての宮さまの類まれな資質や人格には感嘆せざるをえなかった

私が最も驚いたのは,その音楽的才能と,語学やスポーツに対する熱意と努力の前向きな姿勢である。この宮様こそ,万が一許されるなら,結婚したい最高の男性である,というのが第一の読後感である。

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              本の中に掲載された高円宮殿下と幼い頃のお嬢さん

また別の読者二人の投稿は

「高円宮家のすべて」 2010/2/24
高円宮殿下と久子妃殿下の出会いとご結婚。そして皇族として、一つのご家族として、全てが書かれています。 また、高円宮家のプライベート写真も満載です。 高円宮殿下が目指された皇室とは、大韓民国ご訪問の際「近くて遠く無い国」をもじって 「国民に近くて遠く無い皇室」を目指されていたかと思われます。 また、最後のページに妃殿下から殿下へ感謝のメッセージがありました。 胸が締め付けられました。ご冥福お祈り申し上げます。

「妃殿下ご自身の執筆」 2003/11/20
読みやすくてご家族のプライベートフォトも多数掲載されており楽しく読みました。
お子様達がかわいらしい。高円宮殿下のご冥福をお祈りします。


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間違いなく私はミーハーなんだけど、歌手とかアイドルを追っかけた憶えはあまりなく、追っかける対象は「作家」「本の作者」であり「本」なんです。感動した本の作者には「直訴」する癖がある! まずは、25年前に読んだ加藤登紀子の「ほろ酔い行進曲」三部作。感動で涙を流し、せっせと思いを綴ってある人を介して手渡してもらった。そしてたまたま彼女が1か月後富山の公演に来られたとき、楽屋へ招かれお話もすることができて、その後何回も出会いが・・。  そして渡辺淳一さんも、講演の折り楽屋でお話することができた。そして藤原正彦さんはさらにいろいろなご縁もあり何度も楽屋へ押しかけた・・、彼の著書にはもう20年来傾倒してきたのだ。

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         鳥類を撮ったご自分の写真展

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            ご両親の三笠宮両殿下と

 で、私は2007年だったか高円宮妃久子さまがシニアスポーツの大会で2,3泊くらいの予定で富山へいらしていることを知った。お帰りになる日に宿泊先のホテルに電話すると、ホテル側はホテルを出られる夕方の時刻を教えてくれたのだ。1時間半ほどロビーで待機し、いよいよ夕食のレセプションを終えて久子様が空港へ向かう時間となった。

まず、ホテル側のスタッフが10人ほど並び、共にdinner をされていた石井知事と、森前首相がほろ酔い加減で下りて来て並んで立たれた。一般のお見送りの人はおらず、私は石井知事と森さんの間に4歩ほど下がって立った。(我ながらなんという度胸と大胆さ) でもだれも私を咎めない。もしかしたら関係者にも見える??

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久子様が下りていらして、笑顔でホテルの方たちなどに挨拶され、今度はこちらにいらして石井知事と森元首相にご挨拶。それが終わり、ふと彼らの間に立っている不審な人物に目を留め、さらにその胸に掲げている『宮さまとの思い出』の本に気づかれた。 にっこり笑って「あら、それ?!」と指さされたので、私はドキドキしながらも「とても感動致しました」と申し上げると「どうもありがとう」と微笑まれた。 

そしてさらにひと回りして玄関を出ようとするとき、再び私のほうへいらして、本と一緒に持っていた封筒に目をやり、「それお手紙? 頂いて行くわ」と手を差し出された。 「ありがとうございます」と慌ててお渡ししたものの、それは予定外だったので少し慌てた。
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ああ、こんなことならもっと丁寧にきちんと書いてくるべきだった、と悔やんだ。まさかお会いできるとも思わないし、まして声をかけられるとも思っていなかったが、心の奥で何かを思い、出がけにあわてて感動した感想を簡単に走り書きしたメモみたいな「手紙」だったのだ。

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                  生け花インターナショナル展にて


まさに一時の夢のような出会いだった。『宮さまとの思い出』はますます愛おしい宝の本となった
その後、長野で行われたパラリンピックの総裁をされた久子様の素晴らしい英語を聞いたという妹の言葉に喜んだり、今もなお、婦人雑誌でフォトエッセイを連載されたり、また最近は「根付け」の研究と論文で博士号を贈られるというニュースも知った。
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                  久子様の鳥を撮った作品
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              根付の研究で博士号を 2012年 

その昔、高円宮殿下と婚約されたころには、妃殿下にはあまり関心を寄せなかった私だが、故高円宮さまの好感持てるご活動や人柄に共感してから、そして若くして突然逝去された悲報に心痛めてから、この著書でさらにお二人のことを知ってから、私は妃殿下のお人柄にかなり傾倒してきたのだ。先日の富山大学でのお見送りの様子からも、その気さくな明るいお人柄がひしひしと伝わってきた。 もう1度著書をめくると、その素晴らしいアカデミックな資質と才能を新たに感じ憧憬を深めている私である。

[Wikipedia に記載された久子様]
(昭和28年)7月10日、フランス三井物産の社長などした鳥取滋治郎・二三子夫妻の長女として誕生。聖心女子学院初等科・中等科を卒業後、父のイギリス転勤のため渡英。ケンブリッジ大学ガートン・カレッジで人類学・考古学を学び、1975年(昭和50年)に卒業した後、日本に帰国し翻訳会社に勤める。一時帰国の後、法律を学ぶために再び渡英し、3年後1982年(昭和57年)に帰国した。

三笠宮崇仁親王が総裁を務めた第31回国際アジア・北アフリカ人文科学会議で、三笠宮の通訳・助手を務めた。
1984年(昭和59年)4月23日、カナダ大使館のレセプションパーティーにて1歳年少の憲仁親王と出会う。
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5月20日に英語で「Will you marry me?」とのプロポーズに「Yes.」と答え承諾。同年9月17日に納采の儀、12月6日に結婚の儀を執り行い、憲仁親王と結婚。婚儀と同日に、高円宮家が創設された。承子、典子、絢子の3人の女王をもうけたが、男子はいない。

2002年(平成14年)に高円宮と死別。その後は日本サッカー協会、日本水難救済会をはじめ高円宮が務めていた諸々の総裁・名誉総裁職を引き継ぎ、精力的に活動している

 追記 2013年9月8日 
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             2013年9月7日
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〜IOC総会(ブエノスアイレス)で復興支援の感謝の言葉を述べる久子様の素晴らしい仏英スピーチ〜http://www.youtube.com/watch?v=qJigaI3BJhQ 

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